大阪地方裁判所 平成8年(行ウ)113号 判決 1999年1月29日
大阪府東大阪市御厨一〇四〇番地
原告
植田啓二
同所
原告
植田育子
同所
原告
植田全彦
同所
原告
植田浩子
同所
原告
植田真考
右三名法定代理人後見人
植田啓二
東京都世田谷区上祖師谷三丁目六番九号
原告
植田哲也
同所
原告
植田クス子
大阪市西区九条一丁目六番二三号
原告
植田良助
右八名訴訟代理人弁護士
片岡成弘
同
片岡牧子
同
吉田幸至
大阪府東大阪市永和二丁目三番八号
被告
東大阪税務署長 大西宏蔵
右指定代理人
草野功一
同
山本弘
同
前田正明
同
新谷修一郎
同
村松徹哉
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告が、原告らの平成三年七月二五日相続(被相続人植田英子)に係る相続税の更正の請求について、平成六年七月八日付(ただし、原告植田良助については同年八月二日付)でした更正をすべき理由がない旨の各通知処分を取り消す。
第二事案の概要
本件は、原告らが相続税につき国税通則法二三条二項一号の規定に基づく更正の請求をしたところ、被告から更正をすべき理由がない旨の通知処分を受けたため、右処分の取消しを求めた事案である。
一 前提事実(証拠の掲記のない事実は、当事者間に争いのない事実である。)
1 原告らは、いずれも、平成三年七月二五日に死亡した植田英子(以下「英子」という。)の共同相続人である。
2(一) 原告らは、英子の相続(以下「本件相続」という。)に係る相続税につき、平成六年三月一〇日、英子の相続財産のうち、本件相続に関する遺産分割協議により原告植田全彦(以下「原告全彦」という。)が単独で取得した東大阪市御厨栄町三丁目二八九番の宅地四四三・七六平方メートル(実測免責四四一・六六平方メートル。以下「本件土地」という。)の評価額に誤りがあるとして、課税価格及び納付すべき税額を別表(12)欄のとおりにそれぞれ減額すべき旨の更正の請求(以下「本件更正の請求」という。)をした。
(二) 本件更正の請求の理由は、原告らは株式会社三徳(以下「三徳」という。)に賃貸されていた本件土地の評価額につき借地法上の借地権は存在しないことを前提に自用地価額(三億八一二一万八八二九円)から二〇パーセント相当額を控除した残額の三億〇四九七万五〇六三円であるとして申告(ただし、原告植田啓二、同植田育子については、平成五年一二月二一日付による更正後のもの)していたが、その後、後記6(四)及び(五)の訴訟上の和解により、借地法上の借地権が存在することが確定したから、右自用地価額から借地権価額(六〇パーセント相当額)を控除した残額の一億五二四八万七五三一円をもって本件土地の評価額とすべきであったことになり、国税通則法二三条「二項一号所定の事由が存在する、というものである(甲一四)。
(三) なお、本件更正の請求に至る前の課税の経緯については、別表<1>ないし<11>欄のとおりである。
3 本件更正の請求に対し、被告は、平成六年七月八日付(ただし、原告植田良助については、同年八月二日付)で、いずれも更正をすべき理由がない旨の通知処分(以下「本件処分」という。)をした(別表<13>欄)。
4 原告らは、同年九月一日、本件処分につき異議申立てをしたがが別表<14>欄)、被告は、同年一一月一一日付で右申立てをいずれも棄却する旨の決定をした(別表<15>欄)。
5 原告らは、同年一二月九日、右異議申立棄却決定を経た後の本件処分につき国税不服審判所長に審査請求をしたが(別表<16>欄)、国税不服審判所長は、平成八年三月二九日付で右請求をいずれも棄却する旨の裁決をした(別表<17>欄)。
6 本件土地を巡る権利関係は、次のとおりである。
(一) 英子の亡夫植田春夫(以下「春夫」という。)は、昭和四九年五月一日、三徳にその所有する本件土地を賃貸した。
(二) 右賃貸借契約の約定は、概ね次のとおりである(なお、権利金の授受に関する条項は存しない。甲一一)。
(1) 春夫は、三徳に対し、本件土地に賃貸マンション(以下「本件建物」という。)を建築することを認める。
(2) 賃貸借契約期間は、昭和四九年五月一日から満三〇年間とする。ただし、特約条項(後記(10))により春夫から本件土地の買取りの申出があったときは、申出日から三か月を経過した時に本契約は自動的に解除されるものとする。
(3) 三徳は、保証金として総額二〇〇〇万円を春夫に差し入れる。ただし、保証金には利息を付さない。
(4) 右(3)の保証金は、本契約解除時に春夫から三徳に全額返還する。
(5) 賃料は月額一三万四二四〇円とし、三徳は、毎月末日までに翌月分を春夫に持参して支払う。ただし、賃料は、租税公課、諸物価及び近隣の賃料の変動等により協議の上増減するものとする。
(6) 三徳は、次のいずれかの事由に該当する事実があったときは、直ちに本契約を解除されても異議を述べない。
<1> 賃料の支払を二回以上怠ったとき
<2> 本件土地を本件建物の建築以外の用途に使用する行為等、本契約に定める禁止行為を行ったとき
<3> 本件建物に対して強制執行等を受けたとき
<4> 三徳が会社整理開始命令等を受けたとき
<5> 右のほか、本契約条項に違背したとき
(7) 三徳は、右(2)及び(6)の定めにより本契約が解除された場合において、春夫から本件土地返還の要求を受けたときは、直ちにこれに応じなければならない。三徳は、本件建物を現状有姿のまま春夫に引き渡すものとし、その譲渡価額は本件建物の帳簿価額とする。
(8) 右(2)及び(6)の定めにより本契約が解除された場合、三徳は、春夫に対し、賃借権、立退料その他名目の如何を問わず、一切金銭の請求はできなものとする。
(9) 本件土地及び本件建物の全部又は一部が公共事業のため買収又は使用されるときは、三徳は、春夫の要求に応じ、いつにても異議なく本件土地及び本件建物を明け渡す。なお、三徳は、これに関し、春夫に対し、賃借権、立退料その他名目の如何を問わず、一切金銭の請求はできないものとする。
(10) 三徳は、昭和五〇年五月一日以降いつにても春夫から本件土地の買取りの申出があった場合は、春夫の、一般誌上価額を基準とするか、鑑定評価額を基準とするかいずれかの申出価額により遅滞なく買い取るものとし、この場合、三徳は、賃借権の主張をすることはできない(特約条項)。
(三) 英子は、春夫の死亡に伴って相続により本件土地を取得し、その後も引き続き三徳に本件土地を賃貸していたところ、本件土地につき、国税庁長官通達「法人税基本通達」(昭和四四年五月一日付直審(法)二五。以下「法人税基本通達」という。)一三―一―七(権利金の認定見合わせ)所定の「土地の無償返還に関する届出書」(以下「無償返還届出書」という。)を三徳と連名で作成し、これを昭和五八年一二月二二日、被告に提出した(以下「本件届出書」という。「英子は賃貸借契約により本件土地を昭和四九年五月一日から三徳に使用させることとしたが、その契約に基づき将来借地人等から無償で土地の返還を受けることになっているので、その旨届け出る」旨記載されている。)。
(四) 英子の死亡後、原告全彦は、平成五年六月一三日、本件相続に関する遺産分割協議の結果、本件土地を単独で取得し、同年一〇月二一日、三徳に対し、本件土地の明渡しを求める訴えを大阪地方裁判所に提起した。右訴訟において、平成六年一月一三日、原告全彦と三徳との間に訴訟上の和解(以下「本件和解」という。)が成立した。
(五) 本件和解の内容は、次のとおりである(甲七)。
(1) 原告全彦と三徳は、本件相続に関する遺産分割協議により、原告全彦が本件土地の所有権を取得していることを確認する。
(2) 原告全彦と三徳は、昭和四九年五月一日付土地賃貸借契約書により、三徳が同日から現在に至るまで本件土地上に本件建物の所有を目的とする借地権を有していることを確認する。ただし、右借地権は借地法(借地借家法〔平成三年法律第九〇号〕附則二条による廃止前のもの。以下「借地法」という。)の適用を受けるものであり、右契約書記載の特約条項(前記(二)(10)の約定)は、原告全彦・三徳間においては効力を有しないことを併せて確認する。
(3) 原告全彦と三徳は、三徳の債務不履行によって原告全彦から借地契約を解除される場合以外は、借地法に基づき、地上建物が存続する限り、契約の法定更新により三徳が本件土地の占有を継続し得ること、及び、三徳が合意解除等自らの債務不履行以外の事由により原告全彦からの借地契約解除要請に応ずる場合は、三徳は原告全彦に対し、時価相当の借地権価額を立退料として請求し得ることをそれぞれ確認し、昭和五八年一二月二二日付の本件届出書は、前記合意解除等の場合においてまで一切無償で本件土地を返還することを約したものではないことを同時に確認する。
(4) 原告全彦と三徳は、前記(2)、(3)の確認どおり昭和四九年五月一日から借地権が成立していたこととなるので、三徳から原告全彦へ既に支払済みの保証金二〇〇〇万円は、実質的にはその際三徳から原告全彦に授与されるべきであった借地権設定の対価としての権利金に振り替わっていたものであり、三徳は原告全彦に対して、同保証金の返還請求権を有するものでないことを確認する。
(六) 大阪国税局長は、原告全彦の物納申請に基づき、平成六年一一月三〇日付で、一億五二四八万七五三一年(更地価額の四〇パーセント相当額)の収納価額により本件土地の物納を許可する旨の相続税物納許可通知をなし、本件土地は、同年一二月一三日、原告全彦から国(大蔵省)に物納財産として収納された。
二 争点
1 理由不備の違法について
(一) 原告らの主張
本件処分は、原告らの申告内容には何ら不合理な点はないと述べるのみで、その実質的な理由や根拠を示しておらず、理由不備の違法がある。
(二) 被告の主張
更正をすべき理由がない旨の通知書にその処分理由を附記すべきことは、法律上の要件とされていない。したがって、本件処分につき理由不備の違法をいう原告らの主張は失当である。
2 本件更正の請求の理由について
(一) 被告の主張
(1) 無償返還届出書は、元来、法人税の借地権の認定課税に係る取扱いに関連して、法人税基本通達に定められたものである。
法人税法においては、借地権の設定等に当たっては相応の権利金を授受することが正常な取引条件であるという立場に立って、権利金の授受を行われなかった場合には、原則として、当事者間で権利金相当額の贈与があったものとして課税する(たとえば、借地人たる法人に対しては、借地権の価額に相当する受贈益があったものとして課税する)という考え方がとられているが、常に一律に権利金の認定課税をすると、実情に即さない場合もあるため、法人税法施行令一三七条は、権利金の授受に代えて、当該土地の価額に照らしその使用の対価として「相当の地代」を授受することとしている場合には、その取引は正常な取引条件でされたものとして権利金の認定課税をしないこととする旨を明らかにしている。そして、法人税基本通達(昭和五五年直法二―一五による改正後のもの)一三―一―七は、法人が借地権の設定等により他人に土地を使用させた場合に、権利金の授受がなく、かつ、授受される地代の額が「相当の地代」に満たない場合であっても、その借地権の設定に係る契約書において将来借地人等がその土地を無償で返還することが定められており、かつ、その旨を借地人等との連名の書面により遅滞なく所轄税務署長に届け出たときは、権利金の認定課税は行わず、「相当の地代」を授受すべきものと認定する取扱いを定めている(法人が借地人である場合にも適用されるものと解され、この場合、地主が法人であるか個人であるかを問わない。)。すなわち、無償返還届出書の提出に関する取扱いの趣旨は、通常の権利金を収受しない場合における処理として、正常な権利金を認定する(地代については、「通常の地代」の額を認定することになる)方法と、「相当の地代」の授受がされているものと認定する(権利金については認定しない)方法のいずれによるかを選択するものである。地主が個人である場合は、当該個人は、通常受け取るべき権利金相当額を受け取らずに個人又は法人に土地を貸し付けたとしても何ら課税処理を受けることはない(所得税三三条、同法施行令七九条参照)。しかし、法人である借地人が個人である地主に土地を無償で返還するときにおいては、無償返還届出書を提出しているときは、借地人及び地主のいずれにおいてもの何ら課税関係が生じないが、無償返還届出書を提出していないときは、借地人及び地主のいずれにおいても課税関係が生ずることとなる。このように、無償返還届出書の提出の有無により借地の返還時における課税処理にも相違が生ずるから、無償返還届出書を提出するか否かは、借地権の設定時及び存続時のみならず、借地の返還時においても、どのような課税処理を受けるかということを選択する趣旨のものである。
(2) 相続税における財産評価に関しては、国税庁長官通達「相当の地代を支払っている場合等の借地権等についての相続税及び贈与税の取扱いについて」(昭和六〇年六月五日付直資二―五八。ただし、平成三年一二月一八日付課資二―五一による改正前のもの。以下「相当地代通達」という。)は、無償返還届出書が提出されている場合の当該土地に係る借地権の価額は零として取り扱うこととし、その一方、右の場合の当該土地(貸宅地)の価額は、更地価額から二〇パーセント相当額を控除した価額とすることとしている。
本件土地の所有者であった英子は、借地人である三徳と連名で、本件土地に係る無償返還届出書(本件届出書)を昭和五八年一二月一二日付で提出し、本件相続開始時においては、英子及び原告らにより、無償返還届出書の提出に係る取扱い(借地権価額を零とする取扱い)が有効に選択されていたから、本件土地の相続税評価額は、更地価額から二〇パーセント相当額を控除して計算するのが相当であり、原告らの申告内容に誤りはない。
(3) 本件和解により、原告らと三徳との間において、本件届出書の無効が確認されたとしても、それは、課税庁の関与しないところでされたものであるから、その効果が従前の課税処理の選択にまで及ぶものとは考えられないし、本件届出書の提出を前提に昭和五八年以降行われてきた課税処理までが、本件和解により遡及的に無効になるものでもない。しかも、本件和解の実質は、本件土地の将来(本件和解以後)における賃貸借契約の内容を定めたものというべきであるし、無償返還届出書の提出に係る取扱いはあくまで課税上の処理であって、借地権の存在自体を否定するものではないから、本件和解により三徳が借地法上の借地権を有していることが確認されたからといって、本件土地の課税上の評価の前提となるべき事実関係に異動が生じたわけではない。
したがって、本件和解は、遡及的に課税計算の基礎となった事実と異なる事実を確定させるものということはできず、国税通則法二三条二項一号所定の「和解」に該当するものでないから、本件更正の請求には理由がない。
(4) 本件土地は、更地価額の四〇パーセント相当額で物納財産として収納されているが、その事情は次のとおりである。
前記のとおり、本件相続開始時においては、英子及び原告らにより、無償返還届出書の提出に係る取扱い(借地権価額を零とする取扱い)が有効に選択されていたから、本件土地の相続税評価額は、更地価額の八〇パーセント相当額とされていたところ、本件和解により、本件土地に係る従前の賃貸借契約は、無償返還届出書の提出に係る取扱いを受けない内容に変更されたから、本件和解後においては、無償返還届出書の提出に係る取扱い(借地権価額を零とする取扱い)を受けることはなく、本件土地上の借地権は通常の借地権価額を有することになる。したがって、本件和解後における本件土地の評価額は、本件土地の更地価額から通常の借地権割合(本件土地については六〇パーセント)を控除した金額、すなわち、更地価額の四〇パーセント相当額となる。本件土地の物納は本件和解後に行われており、本件土地の収納価額は、右に述べた本件和解後の課税上の取扱いに合致したものである。そして、現実に、原告らは、当初は返還を要するものであった保証金二〇〇〇万円について、本件和解後は権利金(借地権の対価)として返還を要しないものとする経済的利益を受けているのである。また、収納価額については、実務上、事前に納税者と課税庁との間で相談が行われるのが一般的であるし、原告らは、更地価額の八〇パーセント相当額で物納申請をしていたのに、収納価額を更地価額の四〇パーセント相当額とする物納許可処分につき、不服申立ての手続もとっていない。
以上のとおり、本件土地の物納財産としての評価に不合理な点はない。
(二) 原告らの主張
(1) 春夫と三徳との間で昭和四九年五月一日に締結された賃貸借契約における本件土地の地代(月額一三万四二四〇円)は、本件土地(契約書の記載では一三四坪二四)の当時の更地価額(坪三〇万円)を基準として、これから預かり保証金相当額を控除した残額の年八パーセント相当額を一二で除した金額であって、右当時としては「相当の地代」に該当するものであった。したがって、権利金の認定課税を避けるという税務処理上の要請から本件届出書を提出する必要はなかったということができる。むしろ、春夫及び英子から本件土地の賃貸借契約に関するすべての手続を委任されていた税理士の西野信男(以下「西野」という。)は、三徳に対し、本件土地につき三徳が借地権を有していないことを確認させておく必要を感じていたため、昭和五五年直法二―一五による法人税基本通達の改正により無償返還届出書の制度が新設されたのを受けて、右届出書を提出しておけば、これによって三徳には、賃貸人からの返還請求にいつでも応ずる義務が生ずることになるから、今後、三徳が本件土地につき借地権を主張して争うという事態は生じないであろうとの考えのもとに、英子に勧めて、本件届出書を作成、提出させたにすぎないのである。
これらのことからも明らかなように、英子及び西野は、無償返還届出書に係る課税上の取扱いを理解した上、「相当の地代認定方式」を選択する趣旨で本件届出書を作成、提出したわけではない。
(2) ところが、原告全彦が三徳に対して提起した前記明渡請求訴訟において、三徳は借地権の存在を主張し、そのため、右訴訟は和解に持ち込まれることになった。本件和解は、三徳が賃貸借契約締結当時から、本件土地につき、建物所有を目的とし、借地法の適用を受ける借地権を有していることなどを確認することを内容とするものであって、これにより、原告全彦が三徳から無償で本件土地の返還を受ける可能性はなくなった。すなわち、本件土地の無償返還の実現可能性に関する土地所有者の認識面において、本件届出書を提出した時点と本件和解成立後とでは、事態が大きく食い違うことになったのである。
(3) 右のとおり、本件和解によって、本件土地には借地法の適用を受ける借地権が当初より存在していたことが確認されたのであるから、本件土地の価額は、当初より、自用地価額から通常の借地権割合(六〇パーセント)相当額を控除した金額であったものとみるべきことになる。このように、本件和解は、単に和解後における賃貸借契約の内容を定めたものではなく、これによって本件土地の価額に異動を生ずる事実が発生したのであるから、国税通則法二三条二項一号所定の「和解」に該当するというべきである。
(4) 被告は、相続税における財産評価に関して、無償返還届出書が提出されている場合の当該土地に係る借地権の価額は零として取り扱う一方、当該土地の価額は更地価額から二〇パーセント相当額を控除した価額とすることになる旨主張するが、右減額の根拠は明らかでないし、無償返還届出書が提出されていても、借地人が返還義務を争い、無償返還の実現可能性がない場合についてまで、二〇パーセント相当額の控除しか行われないという処理は、社会的実態に反する。
また、被告は、本件土地の価額について、相続税の課税価格においては、自用地価額の八〇パーセント相当額であると評価しながら、物納財産として収納する際には、自用地価額の四〇パーセント相当額と評価している。このように、同じく税務処理上の評価でありながら、相続税課税上の評価額と物納における収納価額とで本件土地の価額を異にすることは許されない。なお、被告は、価額らが物納許可処分につき不服申立ての手続をとっていないなどと主張するけれども、資金的余裕がなく、物納によるしかない納税者としては、収納価額について対等の立場で課税庁と相談したり、右価額に対して不服を申し立てて物納許可を争ったりすることは、現実には不可能である。
(5) 相続税における課税価格につき、借地権設定時の状況に拘束されることなく、その後の時間的変化に応じて相続開始時点での現況に従った評価を行うべきものとする立場に立つと、借地権決定時に無償返還届出書が提出されていても、相続税課税の段階では、相続開始時における現況に即して、通常の借地権価額を前提とした評価を行うことも十分考えられる。それにもかかわらず、被告が、本件相続より前に本件届出書が提出されていたことを根拠に、本件相続時においても当然に借地権価額は零になると結論づけていることは相当とはいえない。
(6) 以上のとおり、本件更正の請求は、国税通則法二三条二項一号の規定に基づいて適法に行われたものであり、これを認めなかった本件処分は違法である。
第三争点に対する判断
一 理由不備の違法について
更正の請求があった場合には、税務署長は、その請求に係る課税標準等又は税額等について調査し、その結果、更正をすべき理由がないと判断したときは、請求者にその旨を通知すれば足りるのであって(国税通則法二三条四項)、右通知書に理由を附記すべきことは法律上要求されていない。
したがって、本件処分に理由不備の違法があるとの原告らの主張は、その前提を欠くものであり失当である。
二 本件更正の請求の理由について
1 無償返還届出書に関する課税上の取扱いについて
(一) 法人が借地権の設定によりその所有土地を他人に使用させる場合において、その地域に土地の使用の対価として権利金を収受する取引上の慣行があるにもかかわらず、そのような取引上の慣行を無視して権利金を収受することなく借地権の設定に応ずることは、経済取引として極めて不自然、不合理であって、一般的には、そのことにより借地人に対して権利金に見合うだけの利益を与える結果になるから、税法上は、地主である法人から借地人に対して権利金相当額の贈与があったものとして取り扱われることになる(法人税法二二条二項参照)。もっとも、法人税法施行令一三七条は、右の場合であっても、権利金の収受に代えて、当該土地の価額に照らしその使用の対価として「相当の地代」を収受しているときは、その取引は正常な取引条件でされたものとして、権利金の認定課税をしない旨を規定している(なお、法人税基本通達一三―一―二により、当該土地の更地価額の概ね年八パーセント相当額〔ただし、平成元年三月三〇日付直法二―二「法人税の借地権課税における相当の地代の取扱いについて」通達によれば、当分の間、右の「年八パーセント」を「年六パーセント」と読み替えて運用することとされている。〕が同法施行令一三七条にいう「相当の地代」に該当するものとされている。)。
右によれば、権利金が収受されておらず、しかもその収受されている地代の額が相当の地代に満たない場合については、同法施行令一三七条の適用はなく、原則として、権利金の認定課税が行われることになるものと解される(法人税基本通達一三―一―三)。しかし、法人税基本通達(昭和五五年直法二―一五による改正後のもの)一三―一―七は、法人が借地権の設定等により他人に土地を使用させた場合(権利金を収受した場合等を除く。)において、これにより収受する地代の額が右の「相当の地代」の額に満たないときであっても、その借地権の設定等に係る契約書において将来借地人がその土地を無償で返還することが定められており、かつ、その旨を借地人との連名の書面により遅滞なく所轄税務署長に届け出たときは、相当の地代の額から実際に収受している地代の額を控除した金額に相当する金額を借地人等に対して贈与したものとして取り扱う旨を定めている。右通達は、賃貸借契約において将来借地人等がその土地を無償で返還することが定められても、借地法上は無効であり、借地人に不利な契約条件としてその定めがなかったものとみなされるが、地主と借地人との間に特殊な関係があるが故に右のような定めがされた場合に、常に権利金の認定課税を行うことは経済実態に即さないことから、無償返還届出書の提出を要件に、相当の地代の額と実際に収受している地代との差額を借地人等に対して贈与したものとして取り扱うにとどめ、法人税法施行令一三七条と同じく、権利金の認定課税は行わない取扱いを定めた趣旨のものであると解される。
(二) 右(一)の場合と異なり、個人である地主が借地権の設定によりその所有土地を他人(個人又は法人)に使用させる場合には、権利金を収受する取引上の慣行を無視して、権利金を収受することなく借地権の設定に応じたときでも、地主は、権利金の認定課税は受けないものとされている(所得税法三三条、同法施行令七九条参照)。
もっとも、法人税基本通達一三―一―一四(1)は、法人である借地人が地主に対して借地を返還するに当たり、通常当該借地権の価額に相当する立退料を授受する取引上の慣行があるにもかかわらず、その額の全部又は一部を収受しなかった場合には、原則として通常収受すべき立退料等の額と実際に収受した立退料等の額との差額に相当する金額を地主に贈与したものとして取り扱うが、借地権の設定等に係る契約書において将来借地を無償で返還することが定められており、かつ、法人税基本通達一三―一―七に定めるところによりその旨が所轄税務署長に届け出られているときは、借地の無償返還が認められる旨を規定している。この規定によれば、個人である地主が法人である借地人から無償で当該借地の返還を受けた場合、借地権の価額に相当する金額のうち立退料等として支払がなかった金額については、その贈与を受けたものとして課税の対象となり得るのであるが、少なくとも無償返還届出書が提出されているときは、右課税は行われないものとされているのである。
(三) 無償返還届出書が提出されている場合の借地権及び右借地権が設定されている土地の相続税における取扱いに関しては、相当地代通達により、当該土地に係る借地権の価額は、零として取り扱い(同通達五)、一方、右の場合の当該土地に係る貸宅地の価額は、自用地価額の八〇パーセント相当額と評価する(同通達八)こととされている。
(四) ところで、建物の所有を目的として設定された土地の賃貸借は、借地法又は現行の借地借家法の適用を受ける結果、存続期間や第三者に対する対抗力等の面で借地権として法律上極めて強く保護されており、そのことに伴い、通常、一種の財産権として取引上認められているのであって、このような借地権の本来有する経済的価値や、借地人が地主に対して将来借地を無償で返還する旨約している場合(無償返還届出書が提出されている場合)における当該借地権の経済的価値、さらに、無償返還届出書が提出されている場合であっても、借地法上の借地権であることに変わりはなく、地主側に相続等が生じたときに直ちに当該土地の無償返還を受けられる保証はないことなどの諸点に鑑みると、右(一)ないし(三)において述べた課税上の取扱いは、法令の定めに抵触するものではなく、合理性を有するものということができる。
2 本件届出書の提出について
(一) 前記1(四)のとおり、建物の所有を目的として設定された土地賃借権は、無償返還届出書が提出されている場合であっても、借地法上の借地権であることに変わりはないのであって、無償返還届出書の提出に関する前記取扱いは、右のことを前提としながら、賃貸借契約の当事者間において将来借地を無償で返還することを約し、かつ、その旨を所轄税務署長に届け出たときは、当該借地権は経済的価値を有しないものであり、課税上もそのようなものとして取り扱うべきことを税務当局に対して表明したものと取り扱う趣旨であると解するのが相当である。
本件においても、英子と三徳(甲第九号証、証人西野の証言によれば、その代表者は長い間植田家の有する貸地、貸家の管理人をしていたことが認められる。)は、本件届出書を連名で作成した上、昭和五八年一二月二二日、これを被告に提出しているのであるから、これにより、税務当局に対して、本件土地に設定されている三徳の借地権は経済的価値を有しないものであり、課税上もそのようなものとして取り扱うべきことを表明したものと認めることができる。
(二) 右の点に関し、原告らは、英子及び西野は、無償返還届出書に係る課税上の取扱いを理解した上、「相当の地代認定方式」を選択する趣旨で本件届出書を作成、提出したわけではないと主張し、甲第一二号証(西野の陳述書)及び証人西野の供述中には、右主張に沿う記載及び供述部分がある。しかしながら、本件土地の賃貸借契約には、権利金授受に関する条項はなく、その反面、三徳が本件土地を明け渡すべきときは、三徳は、賃借権、立退料その他名目の如何を問わず、一切金銭の請求はできないものとされていること(いずれも前記第二の一6(二))、西野は税務の専門家である税理士であって、春夫及びその死亡後は英子から、同人らの顧問税理士として税務関係の処理一切を委任されており、本件届出書の作成、提出も西野の判断によりされたものであること(証人西野)、賃借人である三徳の側では、本件届出書が税務処理上意味のある書面であることを認識した上で、その作成、提出に応じたものであること(甲九)、無償返還届出書が所轄税務署長宛てに提出される書面である以上、税理士である西野において、本件届出書の提出が本件土地を巡る税務処理に影響をおよぼすものであることは当然に認識していたものと考えられるのであって、現に西野自身、本件届出書を提出するに当たり、三徳から将来本件土地の返還を受ける際、賃貸人の側に贈与税が課されるのを避ける意図を有していた(証人西野)のであって、まさに前記1(二)の法人税基本通達一三―一―一四(1)による取扱いを受けることを意図していたことに照らすと、三徳と西野(したがって、同人に税務処理を一任していた英子)は、本件届出書を提出することにより、税務当局に対し、課税上、本件土地に設定されている三徳の借地権は経済的価値を有しないものであることを前提にした取扱いをすべきことを表明したものと認めるのが相当である。
個人である地主の場合には、取引上の慣行を無視して権利金を収受することなく借地権の設定に応じたときでも、権利金の認定課税は受けないものとされていること(前記1(二))、春夫と三徳との間で締結された本件土地の賃貸借契約に係る賃料額(月額一三万四二四〇円)は、当時としては、法人税法施行令一三七条、法人税基本通達一三―一―二に定める「相当の地代」に該当するとの認識の下に設定されたこと(証人西野)を考慮に入れても、右認定は左右されない。
よって、前記甲第一二号証の記載及び証人西野の供述部分は信用することができず、原告らの前記主張は採用することができない(なお、本件届出書の提出により、具体的にどのような場合にどのような課税上の取扱いを受けることになるかにつき、当事者の理解、認識が十分でなかったとしても、前記のとおり無償返還届出書に関する課税上の取扱いが合理性を有するものということができる以上、本件届出書の提出による課税上の効果を左右するものではない。)。
(三) 相続財産の価額は、相続時における時価によるべきところ(相続税法二二条)、本件相続が開始した平成三年七月二五日の時点における本件土地の評価は、本件届出書の提出(昭和五八年一二月二二日)がされている以上、それを前提として行うべきことは明らかである(なお、原告らは、借地権設定時に無償返還届出書が提出されていても、相続課税の段階では、相続開始時点における現況に即して、通常の借地権価額を前提とした評価を行うことも十分考えられる旨主張するけれども、賃貸借契約の当事者がいったん右契約終了時における借地の無償返還を約した以上、その後新たにこれと異なる合意がされたなどの事情が存在しない限り、右無償返還の合意の効力は継続しているものと認めるのが相当であるところ、本件において本件相続開始時点までに右のような事情が存在したとは認められないから、原告らの右主張は採用することができない。)。したがって、相当地代通達八に基づき、本件土地の価額を自用地価額の八〇パーセント相当額と評価してされた原告らの申告内容に誤りはないというべきである。
3 本件和解について
(一) 国税通則法二三条二項一号によれば、納税申告書を提出した者は、判決又は判決と同一の効力を有する和解等により、申告に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実が当該計算の基礎としたところと異なることが確定したときは、その確定した日の翌日から起算して二か月以内に更正の請求をすることができるものとされている。これは、納税申告後の判決又は和解等により、課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実関係に遡って異動を来すことが確定し、その結果税額を減額すべき場合において、納税者に更正の請求を認めることにより、納税者の救済の途を拡充したものと解することができる。
ところで、訴訟上の和解は、判決と同一の効力を有するものであるから、当該和解によって課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実関係に遡って異動を来した場合には、納税者は、右の規定により更正の請求をすることができることになるが、当該和解の内容が、将来に向かって新たな権利関係等を創設する趣旨のものであって、従前の権利関係等に異動を来すものでないと認められるときは、右の規定にいう「和解」には該当せず、これに基づく更正の請求は理由がないというべきである。このことは、和解条項において、たとえ従前の権利関係等に異動を来すかのような文言が含まれていたとしても、それが形式的に用いられているにすぎない場合には、同様であると解すべきである。
(二) そこで、右の説示を前提として、本件和解の内容(前記第二の一6(五))につき検討する。
(1) 原告全彦と三徳は、本件和解において、原告全彦が本件土地の所有権を取得していること、三徳が昭和四九年五月一日以降本件土地上に借地法の適用を受ける借地権を有していること、特約条項(三徳は、昭和五〇年五月一日以降いつにても春夫から本件土地の買取りの申出があった場合は、春夫の、一般市場価額を基準とするか鑑定評価額を基準とするかいずれかの申出価額により遅滞なく買い取るものとし、この場合、三徳は、賃借権の主張をすることはできない。)は原告全彦・三徳間においては効力を有しないこと、及び、三徳の債務不履行によって原告全彦から借地契約を解除される場合以外は、借地法に基づき、地上建物が存続する限り、契約の法定更新により三徳が本件土地の占有を継続し得ることをそれぞれ確認している。
しかしながら、前示のとおり、建物の所有を目的として設定された土地賃借権は、無償返還届出書が提出されている場合であっても、借地法上の借地権であることに変わりはなく、無償返還届出書の提出に関する取扱いはこのことを前提とするものであるし、右特約条項の存否が本件土地の評価を左右することにもならないから、これらの確認条項は、いずれも本件届出書の提出があったこと及びこれを前提とする本件土地の評価に異動を来すものではないというべきである。
(2) 次に、原告全彦と三徳は、本件和解において、三徳が合意解除等自らの債務不履行以外の事由により原告全彦からの借地契約解除要請に応ずる場合は、三徳は原告全彦に対し、時価相当の借地権価額を立退料として請求し得ること、本件届出書は、右合意解除等の場合においてまで一切無償で本件土地を返還することを約したものではないこと、及び、三徳から原告全彦へ既に支払済みの保証金二〇〇〇万円は、実質的にはその際三徳から原告全彦に授与されるべきであった借地権設定の対価としての権利金に振り替わっていたものであり、三徳は原告全彦に対して同保証金の返還請求権を有するものでないことをそれぞれ確認している。
しかしながら、英子は三徳と連名で本件届出書を作成し、被告に提出しており、本件届出書には、英子は契約書に基づき将来借地人等から無償で土地の返還を受けることになっている旨記載されており、特に合意解除等の場合を除く旨の限定は付されていないこと、その前提として、三徳と春夫及び英子との間で権利金の授受はされていなかったこと(前記二1のとおり、無償返還届出書の提出は権利金が収受されていないことを前提とするものである。)、三徳が春夫に支払った二〇〇〇万円は保証金であり、賃貸借契約解除時に春夫から三徳に利息を付さずに全額返還するものとされていたこと(前記第二の一6(二)、(三))は、いずれも客観的に明らかな事実であって、これらの事実関係に関し賃貸借当事者である三徳と春夫及び英子との間に紛争が生じていた形跡もないのであるから、それにもかかわらず、本件和解に前記のような確認条項が設けられたのは、将来に向かって、三徳が支払った二〇〇〇万円を権利金として取り扱うこと、そのことを前提として、三徳が本件土地を明け渡す際には、立退料の支払を請求することができることを新たに合意する趣旨に出たものと解するのが相当である(なお、和解条項において客観的な事実と明らかに異なる内容の文言が用いられている場合、和解の当事者間においてはともかく、税務当局との関係においても当該条項を常に形式的に右の文言のとおりに解釈しなければならないとすることは、不当な租税回避を認める結果を招くことになるから、相当でない。)。
(三) そうすると、本件和解は、本件相続の時点における本件土地の評価の基礎となった事実関係に遡って異動を来すものではないから、国税通則法二三条二項一号にいう「和解」には該当しないというべきである。
4 物納財産としての本件土地の収納価額について
原告らは、相続税課税上の評価額と物納における収納価額とで本件土地の価額を異にすることは許されない旨主張する。
しかしながら、相続税法四三条一項は、本文において、「物納財産の収納価額は、課税価格計算の基礎となった当該財産の価額による。」とする一方で、ただし書において、「税務署長は、収納の時までに当該財産の状況に著しい変化を生じたときは、収納の時の現況により当該財産の収納価額を定めることができる。」と規定しており、この規定からすると、物納財産の収納価額は、相続税課税上の評価額と常に一致しなければならないものではないと解されるところ、本件においては、本件相続が開始した平成三年七月二五日(前記第二の一1)から本件土地が物納財産として収納された平成六年一二月一三日(同6(六))までの間(同年一月一三日)に本件和解がされたこと(同6(四))により、本件土地につき前記3(二)(2)のとおりの新たな権利関係が形成されていることを考えると、同項ただし書所定の事由が生じたものというべきであるし、相続財産の物納の際における収納価額がその課税上の評価額より低額であったことが、直ちに相続税についての更正の請求の理由になるものでもない。
よって、原告らの右主張は失当というべきである。
5 原告らの主張を検討しても、本件更正の請求につき他に更正すべき理由があるとも認められない。
三 以上によれば、原告らの請求はいずれも理由がないから、棄却すべきものである。
(裁判長裁判官 水野武 裁判官 石井寛明 裁判官 石丸将利)
別表
課税の経緯
<省略>
別表
課税の経緯(続)
<省略>